《愛が先に在る》

  わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。   (イザヤ 43:4)


 もうかれこれ20数年前になりますが、開拓伝道を始めた当初、教会の経済を支えるために職安に仕事捜しにいったことがあります。その時の失望感は今でも忘れることはできませんが、係りの人に尋ねられたことは、「何ができますか?」と「どんな資格を持ってますか?」でした。私は、小さな声で「なにもありません。」と答えるしかありませんでした。仕方のないことかもしれませんが、世の中では、人の価値は今でもこんな尺度で測られているのです。◇しかし、今日のみことばは、絶対にこの延長上で解釈してはなりません。神様は、何ができるか、どんな資格があるか、で私たちを見てはおられないのです。もしこの角度から神様に審査されたら、だれが神様の恵みに預かることができるでしょうか。私たちが、<わたしの目には、あなたは高価で尊い。>と言われるのは、主が私たちを愛しているからなのです。愛が先に在るのです。これは、少しは、人間の場合に当てはめて説明できるでしょう。我が子を、何かできるからという理由で愛している親はいないでしょう。もしそうなら、何もできない子は、親から捨てられねばならないのです。愛が先に在るのです。愛しているから、高価で尊いのです。◇ですから、私たち人間にとって一番大切なことは、先ず神様の愛を受け入れることなのです。何ができるか、の延長上で人生を考えている人は、どうしても、神様に認めてもらおうとしてしまいます。そこに様々な心の葛藤が生じているのです。これも、少しは、人間の親子関係で説明できるでしょう。要するに、親にあまりにも「できる子」を強要されてしまうと、そのひずみも大きいのです。まず愛です。愛が先にあるのです。


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